傍らのプロメテウス
<ゾーン>と呼ばれ、悲劇の地として世界に記憶されたチェルノブイリは、しかし秋ともなれば、そこらじゅうに生い茂って廃屋を呑む草木が紅葉し、鮮やかに色づく。晴れた日には、空が抜けるほど青く拡がる。太陽が燦々と降り注ぎ、木々にくっついたヤドリギ越しに木漏れ日が地上に落ちている。
AIと人類は共存できるか? 収録 吉上亮「塋域の偽聖者」より
「塋域の偽聖者」で描かれるチェルノブイリ、プリピャチの風景は鮮明過ぎるほど思い浮かべることができる。それはチェルノブイリダークツーリズムガイドといった書籍や、CoD4 MWやS.T.A.L.K.E.Rといったゲームで見た風景だからだ。
特にチェルノブイリダークツーリズムで報告されている、「赤い森」、「文化宮殿<エネルギー作業員>」、完成間近の「新石棺」*1などの情報は物語を読む上で大きな場所性を与えてくれた。
「塋域の偽聖者」は信仰の物語である。「神の火=原子力」を盗んだ人類が、贖罪のための新たな聖域を始めるまでの物語だ。本来なら日常から遠い「神の火」の物語を、触れてきた情報が近傍のものに感じさせてくれる。
Nukarama Punk(ニュークラマ・パンク)と見なされるジャンルのゲームも流通している現代において、*2「神の火」にまつわる情報はおそらく増えている。日本においては、福島の影響は切り離せない。
本来、インフラは人に近いものであるが、「神の火」の情報がここまで日常に迫ることを誰が予想できただろうか。すぐ隣にプロメテウスがいることを、見ないようにしてきただけかもしれないが。
「塋域の偽聖者」はシンギュラリティが起きた以降、高次人工知能という人が自ら作った神をどう信仰するかが書かれている。10万年後に対する準備の、*3その顛末にも触れられている。その端緒、遠くない未来の答え合わせをいつかしてみたい。
- 作者: 人工知能学会
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/11/12
- メディア: 単行本
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