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YI

ロジカルに考え、リリカルに語れ。

私の魂に安らぎあれ

 スカイフォールにおいて、007は活性化した。伊藤計劃とは違った意味で。

 最初に断っておくと、私は007シリーズを多くは観てはいない。時たまテレビ放映されるものを流し見していたぐらいだ。ただ、伊藤計劃のThe Indefference Engine収録の「From the Notihng, With Love」は007の魅力とSF的アイデアが結びついていてとても面白かった。その程度の私でもスカイフォールは007の「終わり」からの「更新」を感じた。
 スカイフォールの中で、多くの要素が007を「終わり」に近づける。ボンドの肉体的な衰え。ポストモダンの建築家でテリー・ファレル設計のMI6本部の爆破。(これは伊藤計劃の言う「形骸化した歴史」が吹っ飛ばされた訳だ)新しいQの登場。などなど。

これら衰退への道の中、MはMI6不要論に対して詩を引用する。

たしかに多くが奪われたが
残されたものも多い
昔日、大地と天を動かした我らの力強さは既にない
だが依然として我々は我々だ
我らの英雄的な心はひとつなのだ
時の流れと運命によって疲弊はすれど
意志は今も強固だ
努力を惜しまず、探し求め、見つけ出し、決して挫けぬ意志は

 最早レトロと言っても過言ではない007を、新しい時代に持っていくためにこれほど最適な詩を無いだろう。

 伊藤計劃の007が肉体を更新し、行動様式のデータベースだけで動く幽霊になったのに対し、スカイフォールの007は老いても確固たる意志で任務を続ける。

 常に進み続けなくてはいけない007は、全く違う観点から活性化させられる。どちらも同じ物語を扱っているのに、言語と映像の違いとも言うべきなのだろうか、この対照はとても面白い。

The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)

The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)