YI

ロジカルに考え、リリカルに語れ。

鉄の箱

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 兵庫県立美術館の外観は鉄の箱が並んでいるように見える。箱の材質は黒色亜鉛メッキ処理された鉄で、輝きよりも鈍さが目立ち、近くで見ると歪な多角形が幾つも表面に並んでいる。エントランスとは逆側である海側から臨むと、硝子とコンクリートの二重皮膜の展示室が鉄の箱に収まっているのがわかる。

 その中にある、白い資料室が好きだった。高校の、旧意匠を残す為に狭苦しい平面に押し込めらた図書室は好きになれず、静かに勉強ができる場所を探して見つけた場所だ。トップライトで自然光が制御され、適度な明るさに満ちた資料室は、落ち着いて勉強するには最適だった。

 毎日のように通っていた時、珍しく同級生と鉢合わせた。話した事はなく、部活動に熱心な人と聞いていたから、美術館の資料室で会うのは意外だった。学校での関係性が外に出て変わる訳もなく、一言も話さずに、私はいつものように本を集め閲覧席に座った。しばらく彼も本を読んでいたようだが、ふと私が顔をあげると違う同級生と小声で話していた。待ち合わせをしていたようで、彼らは資料室を出て行った。

 それきり、彼の事は思い出さないだろうと思っていたが、最近SNS経由で彼の結婚を知った。相手の女性は待ち合わせをしていた彼女ではなかった。

 仕事の都合で大阪に住んでいた時、久々に兵庫県立美術館に立ち寄った。白い資料室にも足を運ぶ。別の彼女と結婚した彼に、一人の人を好きでいつづけろ、と強要したい訳ではない。彼らの運命が変わってしまうぐらいの時間が経ってしまっただけだ。ただあの時、私が声をかけていたら何か変わっていただろうかと少し考えた。

 安藤忠雄の設計により、美術館は多様な空間を内包し、鉄とコンクリートは他のどの建築よりも永続性を感じさせる。時間の中で、人の理想と限界を教えてくれた建築。


安藤忠雄の建築〈3〉

安藤忠雄の建築〈3〉